危機的状況はスローモーション?

投稿者: | 2015年7月5日

心理的な時間の伸び縮み

物理的な時間は一定に流れるということで、客観的な基準として時計があり、私たちはそれに従って生活しています。

しかし、私たちが日常生活で感じる心理的な時間はどうでしょうか?

子どものときは時間の流れが遅かったけど、大人になると時間が経つのが速い。

楽しい時間はすぐ過ぎるのに、退屈な時間は長く感じる。

といった具合に、時間は伸び縮みしているように感じますね。

危機的な状況ではスローモーションに感じる、という話も聞いたことはありませんか?

その理由として、危機的状況では脳の処理速度が速くなるという仮説があります。

例えば、視覚情報でいうと、脳の処理速度が速くなることで、記録されるビデオのコマ数のようなものが増えて、思い出すときはそれを再生するのでスローモーションに見えるのではないかというのです。

本当でしょうか?

危機的状況では脳の処理速度が上がる?

危機的な状況で、脳の処理速度が上がるかどうかを実験で確かめたのが、アメリカの神経科学者 David Eagleman。

被験者は、2cm x 2cm の大きさで表示される一桁の数字を読み取ります。

その数字はデジタル表示され、数字の部分と背景の色が素早く反転するのを繰り返すようになっています。

数字が「黒」で、背景が「白」とすると、次の瞬間には、数字が「白」で、背景が「黒」になるといった具合に。

その色をゆっくり反転すると難なく読めますが、速く反転すると、数字と背景がマージして読みづらくなります。

反転ペースを速くしたり遅くしたりすることで、読みづらさが調節されて、脳の処理速度が測れるというわけです。

被験者によって、数字がギリギリ読める反転ペースは違いますので、事前にそれぞれの被験者の処理速度として決めます。

危機的な状況で脳の情報処理速度が速くなっていれば、普通の状況で設定した反転ペースでは、よりよく読み取れるはず、ということで、危機的な状況を作って実験しました。

その危機的な状況とは、50mの高さからのフリーフォール(落差31m)。

被験者は、フリーフォールで落ちながら、腕に付けたディスプレイで数字の色と背景が素早く反転する数字を読み取ります。

なんとダイナミックな実験!

被験者にフリーフォールの後で落ちるのにかかった時間を聞くと、平均で実際よりも36%長い時間を答えました。

時間がゆっくり流れたように感じたようです。

このとき、脳の処理速度が速くなっていれば、腕に付けたディスプレイの数字もよく見えるようになっているはずですね。

果たして、どうだったでしょうか?

これが、フリーフォールしていないときとほとんど変わらなかったのです。

つまり、脳の処理速度が速くなって、脳に記録される映像のコマ数が増えて時間が長く感じた、というわけではなかったのですね。

危機的状況がスローモーションに感じる理由

では、危機的な状況を回想すると、時間が長く感じられたり、脳で再生される映像がスローモーションだったりするのはどうしてでしょうか?

まだよく分かっていませんが、先ほどの実験をした Eagleman も指摘しているように、危機的状況だったことにより記憶が印象深くなり、時間の引き伸ばされるのではないかと考えられます。

もう少し言いますと、危機的な状況や恐怖の記憶と関連深い脳の部位に「扁桃体」がありまして、危機的な状況では、単なる記憶ではなく、扁桃体にもリンクすることで、回想するときに扁桃体も活動して、想起された情報が強められた結果、時間が引き伸ばされた錯覚が起きるのではないかと。

生命の危険に関わる重要な記憶として、脳の他の部位も活動してその記憶を修飾することで、時間がゆっくり流れた錯覚が誘発されたのでしょう。

ちなみに、脳がどうやって時間の長さを測っているのかということは、今でもほとんど分かっていません。

心理的時間も身近でありながら奥が深く面白い問題です。

【参考論文】

Chess Stetson, Matthew P. Fiesta, and David M. Eagleman (2007)
“Does Time Really Slow Down during a Frightening Event?”
PLoS ONE 2(12): e1295.
doi: 10.1371/journal.pone.0001295

(了)

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