珍しい環境や体験は記憶を強化する(行動タグ)

投稿者: | 2017年12月9日

 

行動タグとは

自身の商品やサービスをお客さんに選んでもらうには、しっかり覚えてもらう必要があります。

これが大変。

そもそも、覚えること自体、結構大変ですよね。

また、年を取ってくると、新しいことを覚えるどころか、すでに覚えたことを忘れないようにするのに懸命です(本人比)笑。

その一方で、朝に何を食べたかとか、通勤途中に何があったとか、覚えなくてもよい出来事は覚えていたりします。

それから、珍しい体験をした日のことも、割と些細なことまでよく覚えているという経験はありませんか?

後者のような記憶を「行動タグ」と言います。

 

行動タグの動物実験

記憶に関する研究の一環で、珍しい環境や体験をしたときは些細なことでも記憶に残りやすい「行動タグ」が起こることを確認し、さらに、そのとき脳内で何が起きているのかを動物実験で調べた論文が報告されました。

富山大学などの研究グループによる成果です。

実験にはマウスを使っています。

箱Aにマウスを6分間入れ、それを4日連続行って、箱に慣れてもらいます。

そして、マウスをその箱Aに入れて、些細なことを覚えているかどうかのテストをします。

論文では、NOR (a Novel Object Recognition、新奇物体認識) 課題と呼んでいます。

課題といっても、問題を解いたらエサがもらえるようなものではなく、与えた環境でのマウスの行動を観察するだけです。

NOR課題では、2つの物体を箱Aに入れて、5分間とか15分間、それらをマウスに認識させます。

その30分後、もしくは24時間後に、記憶テストとして、2つの物体のうち一つを別の新しい物体に変えて、マウスの行動がどう変化するかを観察します。

元来、マウスは新しい物体に興味を示すため、新しい物体があると、それを頻繁に匂ったりする習性があります。

つまり、箱の中の2つの物体で接触する時間に差があるかどうかで、事前に接した物体を覚えているかどうかが調べられるわけです。

30分後のテストでは、新しい物体に接触する時間が長く、ちゃんと事前に接した物体を覚えていました。

しかし、24時間後では、慣れたはず物体と新しい物体の両方とも同じように接していて、事前に接した物体を忘れてしまっていたのです。

まあ、覚えていないとエサがもらえないというような深刻な課題ではありませんから、このNOR課題はすぐ忘れてしまうような「些細なこと」と言えます。

 

珍しい環境で行動タグが起こった

さて、ここからが実験の本題。

珍しい環境が、先ほどのNOR課題に影響するかどうかが興味あるところ。

ここでの珍しい環境は、慣れ親しんだ箱Aではなく、新たな箱Bにマウスに10分間入ってもらうというもので、論文では、NCE(a Novel Context Exploration、新規環境暴露)課題と呼んでいます。

また「課題」と名付けてはいますが、単にマウスに新しい箱に入ってもらうだけです。

マウスに、NOR課題とNCE課題を、以下の6パターンで時間をずらして与え、行動タグが成立するかどうかを調べます。

 

 1) NOR課題の 180分前に NCE課題

 2) NOR課題の 60分前に NCE課題

 3) NOR課題だけ

 4) NOR課題の 30分後に NCE課題

 5) NOR課題の 60分後に NCE課題

 6) NOR課題の 180分後に NCE課題

 

そして、それぞれ、24時間後に NOR課題の記憶テストをします。

復習ですが、NOR課題の記憶テストでは、慣れた2つの物体のうち、片方を新たな物体に変えて、新たな物体によく接触するかを見るのでした。

24時間後ではマウスはNOR課題の記憶テストはできなかった、つまり、珍しい環境でなければ、些細なことは忘れてしまうのでしたね。

珍しい環境のNCE課題が追加された場合の結果はどうだったでしょうか?

NOR課題の前後1時間にNCE課題があった、上記の実験条件でいうと、2)4)5)のときだけ、24時間後でも新しい物体に長く接触していた、つまり、事前に接した物体のことを記憶していたのです。

珍しい環境では些細なことでも記憶に残りやすく、行動タグが成立するということがマウスでも確かめられたわけです。

 

行動タグの脳内メカニズム

どうして行動タグのようなことが起こるのでしょうか。

論文では行動タグが成立するときに、脳では何が起こっているのかも調べています。

脳がどうやって記憶しているのかということは、日夜、世界中の研究者ががんばって取り組んでいるテーマですが、未だに分かっていないことがたくさんあります。

最近、新しく開発された実験技術である光遺伝学を使った利根川進博士らの研究などにより、記憶エングラムの存在が明らかになってきました。

記憶エングラムというのは、学習中に活動するニューロンのうち、学習後に刺激を加えるとその学習内容が想起されるニューロン集団のことで、例えば、マウスの海馬という脳領域で発見されています。

なお、光遺伝学の実験技術とは、脳に当てる光のオンオフでニューロンの活動をオンオフできる技術のことです。

光遺伝学
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/光遺伝学

Liu X, et al. (2012)
“Optogenetic stimulation of a hippocampal engram activates fear memory recall”
Nature 484: 381-385.
DOI: 10.1038/nature11028

 

今回の実験でも、NOR課題とNCE課題のそれぞれに対する記憶エングラムを示すニューロンが海馬で見つかっています。

NOR課題での記憶エングラムは、箱の中の2つの物体を思い出させます。

NCE課題での記憶エングラムは、珍しい環境に入れられたことを思い出させます。

行動タグとの関連を調べると、行動タグが成立するときは、NOR課題とNCE課題の両方で活動する、共通の記憶エングラムであるニューロンが多く見つかりました。

NOR課題とNCE課題に共通な記憶エングラムは、珍しい環境にいたことで、2つの物体をよりしっかり記憶することに関わっているようです。

ここで、NCE課題で使う、マウスにとって珍しい箱を、事前に慣れさせておいて珍しくないようにしてやると、NOR課題とNCE課題の共通の記憶エングラムであるニューロンがぐっと減ったそうです。

行動タグには、珍しい体験をした記憶エングラムとの共有が関係ありそうです。

このことを確かめるために、光遺伝学の手法を使って、NOR課題とNCE課題の共通の記憶エングラムであるニューロンを活動させないようにしてみました。

すると、NOR課題の前後に珍しい体験であるNCE課題を与えても、24時間後のNOR課題では記憶が残っていませんでした。

記憶エングラムの共有が行動タグの成立をもたらすということがニューロンレベルで明らかになったのですね。

 

相手の記憶に残してもらうには

この行動タグを応用するには、自身の商品やサービスに関係なくとも、お客さんにとって珍しい体験をしてもらえばよいということになりますね。

この行動タグは、珍しい環境や体験で記憶が強化されるということで、環境や体験の内容が覚えて欲しいことと似ている必要はありません。

関係のないことでも、相手にとって珍しい何かがあれば、記憶に残りやすくなります。

珍しい「話」でもいいですが、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚といった五感に訴えるのも手です。

普段から、インパクトを与えそうな情報や物はないかとアンテナを張って仕込んでおきましょう。

実験結果から、それを繰り出すタイミングは本題の前でも後でも構わないのでしたね。

ただ、インパクトだけでセンスが悪いと、単に「変な人」になってしまいかねませんから、お気を付けください(笑)。

 

【原論文】 open access

Nomoto M, et al. (2016)
“Cellular tagging as a neural network mechanism
for behavioural tagging”
Nature Communications 7: 12319.
DOI: 10.1038/ncomms12319.

 
脳科学でビジネスライフを快適に!

では、また!

 

(了)

 

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